篠沢秀夫さんとは?クイズダービーとは?妻と息子は?竹下景子さんとの関係は?他界?理由は?




TBSの番組「クイズダービー」でおなじみだった学習院大学名誉教授の篠沢秀夫さんが2017年10月26日に東京都文京区の病院で亡くなっていたことがわかりました。

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2009年の2月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と言う日本では難病に指定されている病気にかかり、2009年の4月には気管を切開して人工呼吸器を入れていました。

難病で闘病生活を送っている中でも執筆や講演活動を続けていましたが、病状が悪化して84歳でお亡くなりになりました。

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「篠沢教授」の愛称で親しまれており、東京都大田区出身でフランス文学者で「クイズダービー」の珍答迷答で一躍名物解答者となりました。

学習院大学から東京大学に進学して19世紀のフランス文学の文体を研究してパリへの留学をへて明治大学や学習院大学などで教授として教え子を輩出してきました。

本も出版されており、「文体学の基礎」や「日本国家論」を出版しています。

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また、海外の文学書を和訳して出版した。「謎のトマ」モーリス・ブランショ著も有名ですね。

そこで、今回は篠沢秀夫さんについて少し皆さんと情報を共有したいと思います。




篠沢秀夫さんとは?経歴やプロフィールは?

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テレビ番組でも活躍していた篠沢秀夫さんですが、出身は東京都大田区であり、パリ留学後はフランス文学者として、明治大学や学習院大学が教授として活躍していました。

教授と言うことから「クイズダービー」では「篠沢教授」として親しまわれていました。

2009年の2月には筋萎縮性側索硬化症(ALS)と言う難病にかかり亡くなわれるまで闘病生活を送っていました。

人工呼吸器を入れてからも精力的に社会に貢献していたことからとても話題となっており、今回亡くなられたことにはご冥福をお祈りいたします。

しかし、その熱意は篠沢さんの教え子たちに受け継がれていると私は思います。




篠沢秀夫さんの出演していた「クイズダービー」とは?何?

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私は篠沢さんについてあまり詳しくないのですが、私の両親に聞いたところ親世代の人たちからは有名な人物だったようです。

ほとんどの人が篠沢さんについて聞くとTBSの「クイズダービー」のことを話します。

「クイズダービー」は19時半からTBSで毎週土曜日に放送されていたロート製薬提供のクイズ番組だったそうです。

1976年の1月3日~1992年の12月9日までの16年ほど放送されていた長寿番組でした。

なぜ、「クイズダービー」と名付けられたかと言うとクイズと競馬を合わせたようなゲーム形式だったからだそうです。

簡単に言うと、5人の解答者の誰が正解するのかゲストが当てる番組でした。

ゲストはあらかじめ3000点を持っており、そのポイントを解答者に100点単位で賭けることができます。

競馬などと同じように、実力のある方にはそれ相応の倍率があり通常の問題では1倍~10倍のオッズが付けられていました。

倍率をだすときに、「倍率ドン!」という掛け声をかけるのですが、当時この言葉が流行ったそうです。

解答者は5名であり、ほとんどの回で篠沢さんは解答者として出演していたそうです。

1枠は正解率が低く馬で言うと人気がない為、オッズもやや高く設定されていました。

2枠は正解率が非常に低い、女優や俳優、タレントなどが起用されていました。

宮崎美子さんなどが過去に解答していました。

3枠は男性の本命枠として、はらたいらがほとんどの回で解答していました。

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実力もあるため、倍率は非常に低く設定されていました。

4枠は3枠と同じくらいの正解率が高い方が起用されており、竹下景子さんが解答していました。

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5枠はゲストが解答していました。

このように視聴者も参加できる番組だったことから非常に人気の番組でした。

私の両親も誰が正解するのかテレビ越しに予想していたそうです。




篠沢秀夫さんの「クイズダービー」での「篠沢教授」とは?誰?どんな性格?

ほとんどの回で解答者として出演していましたが、篠沢さんの正解率はそこまで高くなかったそうです。

なぜ、そこまで正解率が高くないのにほとんどの回で起用したのでしょうか。

そこには、番組の内容にあったのではないでしょうか。

篠沢さんはそこまで正解率が高くないにも関わらず、一発逆転を狙った解答者が「篠沢教授に全部」と言ったことが度々あったそうです。

また、それに答えるようにか篠沢さんは面白い解答や意味不明な解答などで毎週のように視聴者を楽しませていました。

篠沢さんのおかげもあり、「クイズダービー」の最高視聴率は40.8%と言う歴史に起こる番組となりました。

当時、テレビを見ている10人に4人以上が「クイズダービー」を見ていたということです。

昔の「笑っていいとも」や「ヒルナンデス」など一度は見たことのある番組と言われていたのかもしれません。

その番組の名物教授が亡くなったと報道されたとき両親はとても驚いていたのを覚えています。

闘病生活を送りながらも執筆や講演などを行い社会に貢献してきた篠沢さんは後世に名前が引き継がれていく偉大な人物の一人ではないでしょうか。




篠沢秀夫さんと共演した竹下景子さんや宮崎美子さんも追悼…

1981年から2年間「クイズダービー」で共演した宮崎美子さんも篠沢秀夫さんが亡くなられたことについて追悼のコメントを発表しています。

10年くらい前に何かの対談でお会いしたのが最後でした。
闘病されていたことは知っていましたが、あの元気な笑顔を心に留めておきたかったので、元気になられたらまたお会いしたいと思いながらもかなうことができませんでした。

デビュー当時、クイズダービーで隣の席に座り、右も左もわからない学生のような私に、大学の先生である教授から、あんなにもにこやかに接してもらえたことがうれしかったです。また、時には私と同じように間違うお茶目な姿も思い出します。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

引用:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171026-00000320-oric-ent

竹下景子さんは「クイズダービー」で10年間もともに番組を支えていたことからとても驚いていたそうです。

「ダービーの慰安旅行で大いに食べて飲んで笑った帰り道、ほろ酔いで私にキスの雨を降らせたの、先生覚えていますか。今度は私から花束のようなキスを送ります。心からの愛と感謝を込めて。ありがとうございます」

それだけ、芸能界からも慕われていたということですね。

偉大な方がまた一人この世を去ったということはとても悲しいことです。





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